Art Site Horikawa-II

徒然なる思いも含め書く事を積み上げ、アートの発想、構想力を鍛える。

原稿書きに明け暮れて

孫一号の誕生の思い出につながるカサブランカの花が咲き始めました。

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ここ数週間、石を送るメールアート=〈石〉作品集の前書きと後書きに挑んで、書き直しを続けています。読むと文言を直したくなる。一字一句を直すと行がおかしくなり、行の組み順序を直す。今日でかなりいい線になったのではないかと思います。

まだ草稿ですが、皆さんに読んでもらいます。起承転結の起承の部分をかなり書き直しています。

 

前山忠に送った〈石〉。

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前書き

「石を送るメール・アート(以下〈石〉)」は前衛表現を目指す「新潟現代美術家集団GUN」の旗印のもと、十日町市中条の信濃川で1969.7.21のアポロ11号人類史上初の月面探査、「月の石」採取に因む宇宙時に「地球の石」を採取して始まりました。

 

時はベトナム戦争の最中。採取された石を針金で結え、荷札に宛名を書き郵便局で切手を貼ってメール・アートに仕立て、「月の石より地球の石を考えよう」「月のことより地球の現実を考えよう」というメッセージを込めて作家や評論家に送りました。それが予想を超えて美術雑誌や新聞など色々なメディアに取り上げられ、翌年の中原佑介コミッショナーによる第10回東京ビエンナーレ「人間と物質」展に招待されるなどの大きな発表の機会に恵まれました。

 

その後、生業の中学校の美術教師の傍らで作家として〈石〉の成果を発展させる野心を描き、71年に〈石〉を構成する荷札に貼る切手の型を借用した「零円切手」を考案。それで総理大臣を風刺。それは以後の表現展開の原型の一つにはなりましたが、〈石〉の上を行く作品にはなり得ませんでした。72年の17号でアポロ計画が終了し、「因む」という〈石〉の根拠が失われ、以後〈石〉を断念。自分が成してきた〈石〉のメタ言語が見えない。それは私の浅学と経験不足によるものでした。

 

自他ともに納得のいくような表現を求めて試行錯誤を重ね75年に無意識的に身体を使うBody Artに越境し身体が表現生成の原点であることを改めて認識。

76年には「零円切手」路線で個展をした際に、週刊誌に風刺が原因で掲載拒否になって無念の思いを残しました。気を取り直し、あぶり出し絵画や地元産の石を彫るなどの試みの後、80年代に入って新雪五体投地した跡を写し撮るBody Art「Snow Performance」を発見。おおよそ10年の表現探しの末に作家としてのメタ・アート力を身につけることができたと思いました。

しばらくの間「Snow Performance」を展開継続し80年代末に、アクリル絵具を用いた表現で新境地に辿り着きましたが、96年1月にはNHK人間マップ「先生は雪のアーチスト」に「Snow Performance」で出演。その際に〈石〉も放映される機会に恵まれました。その翌年には、彦坂尚嘉によるアクリラート32号でのロングインタビューでGUNと自らの歩みが総括され、〈石〉の再評価を得るなどで、その後への確かな展望を持つことができました。そして、その記事がNYを拠点に活躍している美術史家の富井玲子の目に止まり、〈石〉が2001年のTate Modernの企画「Century City」展Tokyo セクションに招待されました。その機会に〈石〉に託した意味が全く色褪せてはいないことに改めて思いを馳せ、その再開に踏み切りました。

 

08年に前山忠と「新潟現代美術家集団GUNの軌跡」を出版。12年には新潟県立近代美術館で「GUN―新潟に前衛があった頃」が開催され〈石〉とその関係資料を網羅した展示がありました。16年には富井が著作「Radicalism in the Wilderness」でGUNの「雪のイメージを変えるイベント」や〈石〉を世界に発信。18年のMisaShin Gallery個展では「Not a Stone’s Throw」と〈石〉に新しい意味が付加され、19年には「Radicalism in the Wilderness Japanese Artists in the Global 1969s」でNYデビュー。20年にはコロナ禍を受けてWebの Horikawa Michio | 4Columns に登場と〈石〉が脚光を浴びることが続いてきています。一つの表現が「たかが地球の石されど地球の石」が50年以上存命してきました。

 

これまでの〈石〉の生成から50年以上の経緯を振り返り、作品集の出版を思い立ちました。〈石〉覚書には多数の皆様よりいただいた〈石〉へのコメント、批評を写真ページには自分で写した記録、新聞社から撮影していただいた写真を時系列に綴りました。作家論は、2000年以降に執筆された富井論文2編に新たに書き下ろし1編を加えさせていただきました。作家論邦文とその英訳文全てが富井玲子によるものです。

 

 

後書き

 本書は身近な自然石を用いた〈石〉の地球規模の夢の残欠を紡いで次代に残そうとする私の初めての作品集です。

私の〈石〉を一方的に送付された皆様、展覧会関係者には、剥き出しの石に荷札の荷物という意表をついた郵便物で驚かせ、ご迷惑をおかけしました。送られた皆様がどのように感じて受け取られているのか、それを慮ることが欠落していました。

〈石〉は幸いにも沢山の皆様より、私の当初の思考と実力を超えた生産的で高度な視点から受け取って批評、コメント、評価をいただくことができました。

 

特に1969年の〈石〉が宮沢壯佳や松沢宥により大切に保管され続けてきていたことを知り大感謝・感激でした。それは50年以上前に生成した〈石〉の物語の貴重な証言となりました。

本書の覚書で送られた皆様の名前を公表し、敬称を略させていただきました。皆様。よろしくご理解を、そしてその非礼をお許しくださいますようお願いいたします。

 

作家活動の30年目に富井玲子に出会い〈石〉の夢舞台第1幕が始まりました。2016年に富井の著作「Radicalism in the Wilderness」が出版され、そこから第2幕が始りました。私の〈石〉はNYの舞台でも羽ばたくことができました。第3幕の監督はMisa Shin Galleryの辛美沙。おかげさまで〈石〉が大いなる展示空間へ船出することができました。

 

2000年以降は〈石〉をメンタルの中心に据えて、絵画、オブジェ、パフォーマンス、E-Stamp、Tensegrityなど様々な表現を随意応変に展開してきています。

私は76歳になりました。作家としてとても幸せな心境にいます。最後に皆様に改めて「大感謝!ありがとうございました」を捧げます。

私の〈石〉は皆様の導きの元に53周年に向かっています。この〈石〉を命ある限り継続したいと考えています。

本作品集の出版にあたり、現代企画室に大変お世話になりました。心よりお礼申し上げます。