Art Site Horikawa-II

徒然なる思いも含め書く事を積み上げ、アートの発想、構想力を鍛える。

日常の非日常

ワイフが掃除機の部品を外してクリーニングしているところに朝日が差し込んでいて、ほこりが光って見えていました。その場面を撮影したら一秒くらいのスピードでシャッターが切れ、見るとほこりの動きの軌跡がうつしだされていました。意図的にこのような効果を狙ったわけではありません。少し前に庭を撮影した常時発光モードにセットしてありましたが、フラッシュが立っていませんでした。とにかく面白い写真になったとおもいます。。

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屋根からがさごそと音がするので二階に上がってまどから見ていると、カラスが雪崩止めの留め具のところをつついていました。

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窓を開けるとたちどころに飛んでいきました。

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とりあえず。

浦川原にて

 

 

越後妻有にはR253で行きます。

家から21㎞の浦川原のほくほく線と交わる位置の手前に頸城バスのセンターがあります。ジュースを買いに立ち寄ると石碑が立っているのに気付きました。設置されてからかなりの年月が立っています。40年以上前から通勤と越後妻有大地の芸術祭関係でで何千回も通っている国道に沿って建てられているセンターです。この地の戦後の交通事情の歴史については一断片の知識しかありませんがバスの時代以前に頸城鉄道という小さな鉄道路線の終点の駅があったところでもあります。

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ネタがないので今から14年前の教員を退職した際にに長女からもらった表彰状を紹介。改めて今後の人生のよすがにしたいと考え額装した次第です。右に釣り下がっている手ぬぐいは古希の時に次女からいただいたもの。祝古希と刺繍がしてあります。

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拙作のクリーニングなど

清水小の会場入り口の表示です。どういうわけかこのパソコンでは一旦貼り付けたものを動かすことができないので大厳寺高原に続いた位置に張り付けるべきものです。


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良い天気なので拙作のSky Catcher’09の本シーズン最後のクリーニングをメインに十日町方面にどらいぶしました。

高柳のぐるぐるハウスの最近もよくわからないので清水小から桐山を通って高柳へ降りるルートになりました。

出発時は青空が見えていたので大厳寺高原の空を期待していったのですが到着したら上空は全くの灰色で残念!でした。それでも今年4回目のクリーニングをして気分はさわやかでした。

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高原の紅葉はいまいちでした。見ごろはあと一週間後くらいでしょうか。

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 松代へ下りて、清水へ。川俣正の「ツマリジオラマ」 です。

松之山の大厳寺高原は大厳寺高原と一番高い位置に表示されているのみでした。

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こすき、釜などの農具がインスタレーション的に壁にかざられていました。過去の色々な作品の一部や現存作品のマケットが記憶を呼び覚ますようでした。

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奥の左側から上へあがる仕掛けがあり越後妻有を苗場山か湯沢高原あたりの方角から俯瞰するような視界が設定されていました。

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これは2000年の川俣正の現在のキョロロの上のほうに建てた建物群のひとかけらだそうです。オブジェとして売りに出ていました。

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清水小の入り口の電柱の下にまゆみの花が咲いていました。

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清水から桐山、柏崎市域に入って栃ケ原を抜けて岡野町のぐるぐるハウスへ。今井伸治さん、斉藤さんと久しぶりにお会いしました。

カレーのランチを始めておられたので初めていただいてきました。結構がボリュウムがあってお値段的には満足でした。

 ほんじつはこれにて。

 

タヌキの溜糞への対策

付け足し

午前中は晴天。その天気に誘われて南側の柿の木の枝おろしをしました。葉の紅葉の紅が柿独特の趣があります。2枚撮影しました。

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本題です。

台所のボイラーの電源の一口を利用して赤外線センサー付きの電球を糞の現場の上につりさげました。

人が近付くと点灯しますので狸が近付けば点灯してくれるはずです。

就寝するまでの間何度か点滅していましたが、何がセンサーに反応したのかはたしかめられませんでした。

朝現場を見てみると、糞はありませんでした。いずれにしても雪が降るまでの間の戦いです。

ところで狸は冬眠するのでしょうか。誰か教えてください。

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紅葉が進む

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庭の桜と柿の紅葉が進んでいます。中央部に着目ください。

 

さて、Macパソコンを使い勝手よくするためにメンテナンスに出しました。しばらくの間使い慣れていないワイフのウィンドウズでつなぎます。

今日見たら例の狸のため糞がまたたくさんありました。2日分くらい一気に出したようです。残念ながらホームセンターの忌避剤の効果はありませんでした。

この地に住居を定めて35年以上経て、空き家が増え、残念ながら狸が我が物顔して集うところとなったようです。

ちょうど近くの外壁に流しの温水ボイラーがあり電源が取れるので赤外線センサー付きの照明をつけてみようと考えました。これから電気店に行って配線コードなどを買ってきたいと思います。

 

 

 

タヌキのため糞事件−2

タヌキのため糞対策でホームセンターから薬剤を買ってしかるべき現場に蒔いてみたのですが効果なしで、昨夜またやられてしまいました。タヌキにしてやられっぱなしでは人間の沽券にかかわります。どう対処していくか、ため糞撲滅作戦を練りなおさなければなりません。

 

北東の花壇にホトトギスが咲き始めました。

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どこからか飛んできた黄色いコスモス。本日は晴天です。f:id:niigata-art226:20201021084013j:plain

とりあえず。

付け足し

アトリエの南壁。処分してもいいような作品がかけられています。でもそれぞれに思い入れがあります。ここ25年の活動の断片です。

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タヌキのため糞事件

数日前、我が家の柿と栗の木の間に得体の知れない糞が放置されていました。片付しないで放置していたら翌日、その糞の上にまた糞が乗っています。黒いソーセージに未消化と思われる柿の種と銀杏の実が顔を出している奇妙な姿。人ごとではないのは明らか、熊かタヌキかハクビシンかとweb検索をしてみるとどうやらタヌキのようです。

タヌキは習性として同じところに糞をするため糞をするのだそうです。タヌキのため糞という言葉があることを初めて知りました。

原因は周囲にすみかとなりうる空き家や側溝がたくさんあるのことと我が家には実をつけた柿があることなどが考えられました。

まず、市役所の?課に電話で相談し、タヌキのため糞を回避する手立てを相談。ホームセンターでしかるべき薬剤を購入してきて現場の3箇所に蒔きました。効果が出てくるのを期待する次第です。

タヌキは以前に目撃したことがありました。もういなくなっていたと思っていたのですが考えが甘すぎました。。

 

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栗の落ちる寸前の姿。先端でぶら下がってから落ちるのと実の下のパンツの部分が剥がれて落ちるのと2種類あることをこのブログを開始した最初の頃に見つけました。

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 本日は晴天なりです。日陰は寒くて日当たりは暑いです。

日常の非日常

久しぶりにこのタイトルを使用しました。

今年の竹を雪囲い用に切り倒しました。相当数を筍として食したのですが、伸びてしまっていたのが10本以上。枝の部分は燃えるゴミに出すのですが規定の長さに縄などで縛る作業が一苦労なのです。狭い庭ですがその他の枝切りなども時々必要で結構大変です。

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広島の方角に根付いているTree Projectの柿の木です。3m以上の樹高になりました。もう少し色づいたらまた掲載します。

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今日の朝飯

黒焦げになった先日釣ってきた小アジ。ワイフの友人からいただいた芋茎の酢の物。栗ご飯。今年は何回も栗ご飯を食べています。自然の恵みに感謝!なんちゃってにしておきます。

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本日は岳父の命日です。午前中にお参りに行ってきます。

 

 

にわかポストコロナ勉強

先日の隈研吾さんの時論公論で話されたパンディミック、大災害と建築の変遷などから記録に残る歴史的な感染症の流行と大災害をWebで調べてみました。

おかげで建築におけるポスト・コロナの方向はよくわかりました。

 

ペストの歴史

過去に3度のパンデミックが確認されている。発生日、収束日、どのパンデミックに分類するかについてはまだ議論が存在する。

しかし中世の黒死病は、第二のパンデミック初期ではなく、第一のパンデミック末期とみなされることもある。その場合は二番目のパンデミックの始まりは1361年となる。

また第二のパンデミック収束日も、文献によりさまざまである(1840年ではなく1890年という記載もある。

 

ヨーロッパを震撼させたリスボン地震

 1755年11月1日、ポルトガルの首都・リスボンを強烈な揺れが襲いました。ポルトガル沖のプレート境界で起きた超巨大地震で、ヨーロッパ中が揺れました。大航海時代の富が集中したリスボンの建造物のほとんどが破壊され、さらに大津波が襲いました。津波ポルトガルだけでなく、大西洋岸の各国を襲いました。リスボンの町は、強震、津波の後、火災が発生し、火災旋風で焼き尽くされてしまいました。6~9 万人に及ぶと言われる犠牲者に加え、大量の書物や大航海時代の記録、世界から集められた貴重な美術品も失われました。

 リスボン市は壊滅。奇跡的に崩壊せず残った建築物が世界遺産ジェロニモ修道院というから、優れた耐震構造技術も存在したようだ。

(建築では耐震構造の研究が進む。あらゆる分野に影響が及ぶ)

 

 シカゴ大火(シカゴたいか:Great Chicago Fire)

1871年10月8日夜にアメリカ合衆国イリノイ州シカゴ市内で発生した大規模火災のこと。

(建築が強固で高層ビルになっていく。)

 

スペインかぜスペイン風邪英語: The Spanish Flu (influenza))

1918年-1920年に世界各国で極めて多くの死者を出したインフルエンザによるパンデミックの俗称である。

第一次世界大戦時に中立国であったため情報統制がされていなかったスペインでの流行が大きく報じられたことに由来する(スペインが最初の発生源ではない。病名も風邪ではなく新型のインフルエンザである)。「1918年パンデミック」とも呼ばれる。

1918年1月から1920年12月までに世界中で5億人が感染したとされ、これは当時の世界人口の4分の1程度に相当する。その中には太平洋の孤島や北極圏の人々も含まれた。死者数は1,700万人[3]から5000万人との推計が多く、1億人に達した可能性も指摘されるなど人類史上最悪の感染症の1つである[4][5]アメリカ合衆国ではパンデミックの最初の年に平均寿命が約12歳低下した。

 

日本では

関東大震災

第2時世界大戦敗戦。

1964 新潟地震

西淡路地震

2004.10.23 新潟県 中越地震

20113.11 東日本大震災

2011 福島第一原発爆発事故。

2020 新型コロナ感染症来襲

 

この他にも地震津波がたくさんありました。

とにかく日本は災害の多い国です。

 

アートはどうあるべきか、簡単に答えは出ません。

 

 

付け足し

先日の黒部ダム観光で扇沢駅からのバスを見送ってくれた黒にょんのマスコットが印象深かったのでダムの売店で買って孫に送りました。写真を撮り損ねましたので黒四のサイトを調べたら出ていました。引用させていただきます。

マスコットは30cmくらいの大きさでした。孫が喜んでくれたとのこと。爺馬鹿の巻です。

 

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柿と栗

我が家の柿と栗です。その恵みをいただいています。田舎で育った人間ですので柿や栗は自宅内の木からいただくもの。小中学の頃のひもじさを懐かしく思い出しつつ収穫して賞味している次第です。

 

柿はまだ20個近く実をつけています。甘柿です。屋根の上がって食べる分だけ収穫してきます。新鮮で程よい甘さです。f:id:niigata-art226:20201017081941j:plain

 

栗はほとんど実を落としました。豊作でしたがあと残り少しになりました。この栗の実の皮をむいて孫たちに食べさせるために南魚沼、東京、埼玉に宅配して爺婆ばかの巻ということです。

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3時過ぎから海へ。

うろこ雲が空を埋めていました。釣り人が20人くらい来ていましたが釣れている気配があまりありません。それでも夢に向かってウキ仕掛けを投げています。孤独で充実感ある時間です。釣れたら幸せの時間になります。

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隣の名人がアオリイカを釣りあげました。飛んで行って撮影させてもらいました。可愛い透明感のあるイカでした。餌は豆アジで仕掛けは長い長方形で手作りと言っていました。感心でした。

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私の釣果は15cmくらいのアジ四匹。まだまだ群も小さくて小型でした。写真はありません。

付け足し

数日前の小林古径記念美術館宮崎館長さんのFbより転載させていただきました。屋外の作品が写っています。

 

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朝ドラより

NHKの朝ドラで一昨日がインパール作戦の場面で本日は終戦(敗戦)の日の場面でした。そこに一瞬CIEの話が出ました。敗戦後の7年間の米国による占領政策で培われた心のあり方、意識から私も脱しきれていないと思われます。

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ウィキペディアからの引用です。

民間情報教育局(みんかんじょうほうきょういくきょく、: Civil Information and Educational Section、略称はCIE)は、連合国総司令部 (GHQ/SCAP) 幕僚部の部局の一つ。大衆に連合国軍の望む情報を教え込むことを目的とした部署である。第二次大戦終結後、戦勝した連合国軍による日本統治政策として、教育宗教芸術などの文化戦略を担当し、戦後の日本国民の意識形成に大きな影響を及ぼした[1]

 

連合国軍による占領が始まると、1945年9月19日に日本新聞遵則(日本出版法)が制定され、連合国軍やアメリカ合衆国への批判が禁じられるなど、検閲を含む民間への情報統制が開始された[2]。同年9月22日に、日本と韓国の広報、教育、宗教など社会学的問題に関する施策を担当する専門部隊として米太平洋陸軍総司令部(GHQ/USAFPAC=United States Armed Forces in the Pacific)にCIEが設置され、同年10月2日に連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ/SCAP) が正式発足するに伴って同組織に移管した[3]

CIEでは、敗戦国日本における教育全般(初・中・高等教育、社会教育)、教育関係者の適格審査、各種メディア(新聞、雑誌、ラジオ)、芸術(映画、演劇)、宗教(神道、仏教、キリスト教新興宗教)、世論調査文化財保護など、教育と文化に関する極めて広範囲にわたる諸改革を指導・監督した[3]。同じく敗戦国であるドイツ、イタリアに比べ、日本への統制は非常に厳しかった[4]

 

付け足し

北東にある南天が色づいてきました。本日は晴天です。

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午後になって空が曇り始めました。夕方になって空は雲いっぱいになってきました。火星が近づいているので観望会に出かけようと思っていましたが諦めました。

Go toで黒部ダムへ

地元の旅行者のGo to企画で糸魚川から大糸線に乗って黒四ダムツアーをしてきました。今年初めての夫婦旅でした。

 

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太陽高度のタイミングがよく美しい虹がかかり感動でした。

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今日は朝4時20分に出発。7時過ぎの帰宅で疲れています。明日書き足します。

帰りの糸魚川に向かう大糸線の車中より。東側の高い山並みに陽光が当たり、手前の低い山並みには当たっていません。このような光景を上越で見ることはできません。太陽の高度と北アルプスの高さによって陽光が遮られる関係を感じました。

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継続のために

大したネタはありません。このブログの継続のために庭を見てネタを見つけて撮影。

左は孫1号の誕生記念に植えた桜の紅葉。来春は花を咲かせてほしいものです。右側は砂入博史さんのTree Projectの柿の木。この柿、これまででいちばんの紅葉になりそうです。

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風知草の花。10年ほど前、長野の大池幸一郎さんからいただいたもの。

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秋に咲いてくれるバラ。花の少ない季節なので楽しみます。

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最近また知人が旅立ちました。人一倍活発にテニスなどに取り組んでおられた方スポーツマンでした。

先日食したケーキの金色の台紙の裏側に金のスプレーをふりかけBarにカットして Tensegrityを作りました。金を使って豪華さを表すためにはもう少し工夫が必要のようです。

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引っ張りゴムの色を変えてみました。色がたくさんあった方が良いようです。

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さて、これからの主テーマは絵画です。画材がまだたくさんあるので残してあの世へ行きたくはありません。どう展開していくか明確なイメージがあるわけではありませんが、なんとか絵画の領域で熟成ものをものにしたいと考えています。

海にて

昨日の自動車免許更新に関わる、認知昨日検査の経験は今後に生かすしかありません。日常の諸々の行為の中での思い込み、ちょっとした錯誤など不確かな部分があることを改めて自覚した次第です。

気分転換に3時半頃から海へ行きました。いつものD突堤です。

前半は釣果はゼロ。時々空を見て、アンフォルメル絵画を感じていました。

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釣り場を移動。30mくらい沖に移動したポイントで豆アジ系が少し掛かり始めました。最後に20cm程度がかかりました。久しぶりにウキが勢いよく沈む感覚を味わいました。

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 jyunbo1963さんのインスタグラムに小林古径記念美術館の拙作展示の場面が取り上げられていました。 jyunbo1963さんに感謝し、その場面だけ転載させていただきます。

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