真珠湾攻撃から78年
今日は日本が真珠湾を奇襲攻撃したという日米開戦の記念日です。これまでの認識として、この真珠湾攻撃が奇襲という言葉と共に頭に入っていることに疑念を持つことはありませんでした。しかし最近は、米国は日本の攻撃の裏をかき、奇襲をさせて被害者になって国民世論を開戦論に導き、徹底的に日本を打ちのめす口実としたとする見解に至っています。
戦争の最後の大攻撃は広島に続く長崎原爆でした。
先月23日の九州への旅での新幹線内でローマ教皇日本訪問関連の朝日新聞の記事を読み、ローマ教皇が長崎を訪問されるその日に自分も「長崎被爆柿の木のルーツを訪ねて」長崎へ行くという偶然の必然を感じた次第です。
今日はその日の新聞記事の「焼き場に立つ少年」に関する切り抜きを謹んで転載させていただきます。
本日はワイフの母親の妹さんのお葬式に出席してきました。92歳と11ヶ月まで生きられて3人の子供さんに看取られて静かに息を引き取られたとのこと。まさに大往生されました。葬式は家族葬をいう形で行われました。初めて家族葬へ出席しました。
いつか自分もこの世から去らなければなりません。どのような葬式にするか真剣に考えたいと思いました。