本棚で漫画主義No3(季刊)1967年10月発行を見つけて、ページをめくっていたらギャラリー新宿の広告を見つけました。
この雑誌は、前山忠さんから石子順造さんが書いているので買うようにと勧められて買ったように記憶しています。内容は難解で読み始めて断念。この一冊のみを捨てずに本棚に飾っておいたわけですが、同年の12月にこのギヤラリー新宿でGUNの第一回東京進出展が開かれました。そこで、写真家羽永光利さんと運命的な出会いがありました。羽永さんとの出会いがNYで現在開催中のJapan Societyでのラジカリズム展につながってきていることを改めて振り返っています。
地図で示されているようにギヤラリーは地下広場のすぐ近くにありました。地下広場はいわば自由空間でハプニングやフォークゲリラが出没していました。たまたまテレビ中継をしているハプニングを目撃し、新しい文化を感受。その後しばらくで地下広場は立ち止まることのできないただの通路空間になってしまいました。
その時の写真です。前山さんから撮ってもらいました。
地下広場での街頭ハプニングのスナップです。沢山のサラリーマンが観客になっていました。どこの誰かは分かりませんが若者がハプニングしていました。ちなみにハプニングの現場を見たのは初めて。
この展覧会から新潟に帰った後にGUNで高田と新潟でハプニングをしています。ハプニングすることは現代美術の世界に入っていく通過儀礼だったようです。深く考えた結果の表現ではなく、思いつきでハプニング行為をして得られたことを後付け的に考えていく、と言うようでした。新しい自己世界を求めた真剣さはありましたが、当て所ない青春のグラフィティでもあったと思います。
次の写真は1968年7月号の「芸術生活」の特集「虚飾1」に掲載された新宿西口の街頭ハプニング写真。右上でタバコを咥えている横顔が私です。偶然に写されていました。現場にいた証拠です。