2005年にBlue Sky Projectを発想したことについて
オノヨーコさんの影響のこと。
オノヨーコさんは有名でしたが遠くに存在していたお方でした。
前衛芸術で草月でのパフォーマンス。
沢山の人の歩く姿をお尻側からを延々と写した映像。
1969年のジョンレノンとの結婚。ベッドイン、などしか知りませんでした。
ジョンレノンのイマジンは1971年発売当時に購入していました。
しかし、レコードを聴いた程度で歌詞の意味等よく考えたことはありませんでした。
その後、予算のこともあり、音楽を封印してきました。
オノさんのアーティストとしての日本国内での紹介はまばらで少なかったと思います。
2001 年のCentury City展で作家としてご一緒した際に「女性上位万歳」のレコード作品など、フェミニズムの視点等をようやく感受。
2000年を過ぎてオノさんの話題や展覧会が盛んになったと思います。
2003年のヴェネチアビエンナーレでオノさんの参加型作品を見る。
2004年の東京都現代美術館個展を見る。
イマジンピースタワーの建設に関わる報道。
2007年Getty での「希望の木」作品を見る。
日々更新されるWeb での今日の展開
その他、Webより
2002年に北海道の帯広競馬場で開催された、とかち国際現代アート展「デメーテル」で、オノ・ヨーコは「北海道のためのスカイTV」を発表。「デメーテル」閉幕後、オノ・ヨーコはこの作品を北海道に残したいと考え、2005年「十勝千年の森」敷地内に廃屋として残された旧成川邸に再設置しました。
このことも知りませんでした。
とくに、自分が発売当時に購入していたジョンのイマジンのレコードジャケット裏面の下部に
Imagine the clouds dripping. Dig a hole in your garden to put them in. yoko’63
と記載してあることもBTの楠見清さんから教えていただく迄気付きませんでした。
2005年にBlue Sky Project展を着想したのは、
(1);富井玲子さんが9/11に撮影されたツインタワー写真を作品に生かそうと考えて来ていたこと。
(2)新潟県国際交流協会の指定を受け国際交流、国際的理解を目的とした図工・美術題材開発を試みる必要があったこと。
(アーティスト(堀川がアドバイザイー)と取組む国際平和・国際交流をテーマにしたアートプロジェクト)
まず教育プロジェクトを立案しました。
この教育プロジェクトは2006〜2007に上越市と妙高市内の小中学7校と上越教育大学の田島先生の講座で実践されました。
教育実践報告展は2007年2月〜3月に上越市市民プラザを会場に行われました。
この教育プロジェクトから大人向けのBlue Sky Projectを構想し、2006年より5年間実施させていただきました。
Blue Sky Projectでは富井玲子さんに恊働的に呼びかけていただき、オノさんの最初の作品「空を見るための穴を送る(1964年)」をみて、先駆者がおられたことに気付いたというのが正直な所でした。
その後、オノさんについて調べ関心を深め、オノさんの絵本 「大空の下で」、グレープフルーツ・ジュース(日本語版)を購入など。
これまでの自分の歩みを時系列でおおよそ振り返ってみて、オノさんのとりわけ空関係の表現について詳しく知り、オノさんが偉大な先輩であると改めて認識するに至ったのはBlue Sky Projectに参加していただいた以降と思います。
直接的にインスパイアされたというよりは現代美術の大先輩としてオノさんの影響は受けきていることは言う迄もない事です。
富井玲子さんのお陰で、オノさんにBlue Sky Project展に参加していただいたことを貴重な知的財産と考えている。