1970年2月11日と15日に新潟現代美術家集団GUNは「雪のイメージを変えるイベント」を敢行した。その際に信濃川の河川敷の新雪に赤、黄、緑、青の顔料を散布し巨大な抽象画を出現させた。私は農薬噴霧器で赤の顔料を市橋哲夫さんは青の顔料を散布した。2回のイベントが終わって顔料がかなり残った。一番近くに住んでいた事から私が残りの顔料を保管する役目を担った。その4月には転勤になったので先ず実家にそれを送った。その後の記憶に定かではないが自分の家を持ってから実家から自宅に運んで来て大きなビニール袋に入れて保管を続けて来た。その顔料を何らかのアートで活用しようと考えては来ていたが、実際に利用したのは私自身のSnowPerformance シリーズに絡めてである。そのシリーズを開始して3年目の1984年に屋根の上の雪に顔料を撒いてBodyStampして作品を成した次第である。その後も良い発想がないかと考えて処分せずに保管を続行。転機は2012 年の大地の芸術祭のギャラリー湯山会場で「雪アート」をテーマに発表する機会を得た事で訪れた。雪アートの先駆例として「雪のイメージを変えるイベント」の大型写真パネルを展示することになって、顔料4色を標本のように瓶詰めして添え物オブジェ作品として出品。続く県立近代美術館での「GUN 新潟に前衛があった頃」にも同様に出品。それで一段落したわけですがまだ沢山残っているのでそのまま持ち続けて翌々年(2014)の柏崎游文舎での個展で顔料を顔料そのままの姿で見せる「色粉彫刻」を思い付きました。アクリル製の30cmの直方体に青い顔料を入れてそのままプレゼンする事に。この作品で40年以上前のアートの体験と記憶を整序しその意味の桎梏から開放されたと考えています。
作品として実現したのは「青色」だけです。タイトルは「青色(GUN・雪のイメージを変えるイベントより)」と改題。
次は赤の顔料が入っていた紙袋の一番内側の部分を切り離して付着していた赤色をフキサチーフで固定して絵画状の作品とした。
私はこれらの作品が作品として新たに意味生成を成していると確信している。
2014年のブログです。同じ内容を扱っています。
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