Art Site Horikawa-II

徒然なる思いも含め書く事を積み上げ、アートの発想、構想力を鍛える。

久しぶりの突堤釣り

昨日の午後、晴れてきたので気分転換に片道15kmドライブで釣りに出かけました。管理釣り場は高波強風で閉鎖。釣り人は合わせて15名くらいで、見た限りですが、豆アジ以外は釣れてはいませんでした。突堤の右側の付け根に向かってかなり高い波が打ち寄せてきていました。波は迫力ありを見応えありでした。

f:id:niigata-art226:20200713075713j:plain

f:id:niigata-art226:20200713075721j:plain

f:id:niigata-art226:20200713075731j:plain

コマセ一袋で2時間くらい粘って運良く15cmくらいのアジが3匹釣れたのみでした。笑いです。今日の朝食のおかずになりました。

 

本日の試作品

アイスキャンデーのバーを利用しています。10ーBar Tensegrityです。

Barが10本になり、スパイラルの構造がはっきり見えてきました。

f:id:niigata-art226:20200713080630j:plain

f:id:niigata-art226:20200713080639j:plain

f:id:niigata-art226:20200713080647j:plain

本日はこれにて。

 

 

 

私の回答(コロナアンケート)

5月3日に回答したM画廊のコロナ禍アンケートへの回答です。あれから2ヶ月以上経ちました。回答を寄せたサイトでの掲載が継続していますが、世界情勢が変わり書き換えるべきところも出てきました。回答の全文をブログに載せて、自らによる書き換えの一段階とします。

 

 

回答前文。

コロナ禍のただ中におけるこの度のアンケートに答えようと努めて自身の浅学非才ぶりを再確認できてスッキリした。総論と各論、建前と本音の齟齬はつきまとう。どの項目でも屋上屋を重ね、堂々巡りしているようでもある。誰に向かってこのアンケートに答えたのか。アンケートが逃げられない課題に思えたからである。答えには情勢次第で変わってくるものと変わらないものがある。これは情勢に応じて書き換えていかねばならないものである。今日以後の日々をコロナを防衛し、自愛と他愛の美しいバランスを奏でて過ごしたい。

 

 

回答


1 新型コロナウィルスにより、かつてない価値観の大転換が起こることが予想されます。それはどのような転換になると思いますか。

 

新型コロナウィルスの感染拡大を緊急事態宣言に基づく在宅中心の自粛行動と現代の医療で押さえこめるのか。このコロナ禍の行く末、その終息、ゴールがまだ見えていない。このコロナ禍に以後はあるのか。「コロナ以後」は何時くるのか。

コロナウィルスはどこに潜んでいるのか。人の移動で運ばれるというこのウイルス。2週間程度の移動制限、隔離は有効な方策なのか。病院での感染がなぜ防げないのか。ワクチンが開発されるまで何年かかるのか。より強毒に変異して第2波、第3波と数年間かけて繰り返して登場するのではないか。大事なのはコロナと上手く付き合っていくことか。

 

言えるのは「コロナ中」においては同じ船にしか乗れない。「カルネアデスの舟板」は通用しない。今、私たちには協力・連帯・団結が求められている。

できることは定着しつつあるマナーとしての「マスク着用」「手洗い」「他人との適度な距離」「除菌的行動」「外出自粛」などをその協力・連帯の証とポジティブに捉え実行することである。

そのような行動を日常とすることで「コロナ以後」は徐々にやってくるであろう。それは「コロナ前」の日常、習慣、マナー、価値観とは異質なものとなるしかない。

 

最近、「人類は科学を信頼し非理性的な行動を取らなければコロナ禍に必ず勝つ」「他を守る利他主義が合理性のある利己主義である」という学者のインタビューを視聴した。

そのような知見をベースに新型ウイルスワクチンの開発、人類に備わっている自然な治癒力として有効なウイルス抗体の形成がもたらされる夢を見たい。

見えない新型コロナウイルスとの戦いは、人間一人一人の煩悩の三毒・痴 とん・じん・ち)からの解放、社会の民主的なあり方を追究し続ける長期戦でもあることは間違いない。

 

2 その大転換期に、私たちアートに関わる者はなにをすべきだと考えますか。あるいはどうあるべきだと思いますか。

 

「コロナ中」にあってアートに関わる者が何をどうすべきかはそれぞれに立場が別れるところとなる。私はアート至上主義であってはならないと考える。

この「コロナ中」の時を生きた一人の人間として、その生命の刻印としての表象を残し続けることが肝要である。

免疫力を損なわないように生活を律し健康維持に努め、魂を自由にして民主的に考えること。その時ならでは生まれ得ないユニークな美、新鮮な美を表現することである。

アート創作のコンセプトは、その造形性(色、形、材料)などの諸要素で生成される意味世界にある。このことは、複合的ジャンル、非造形の観念的アート、あらゆる表現でも変わることはない。

アート創作は一人でもできる。創作は自分一人を観客とする意味生成過程である。そして自分以外に観客がいなくとも展覧会は成立すると考えられる。アーティストは活動を持続することである

 

作品を展示して多数の観客が三密してそれを享受する「展覧会のあり方」は問われている。「コロナ中」は美術館や画廊、劇場、ライブハウスなどの箱物空間に密集する入場者は迎えられない。特に鑑賞のあり方を改変しなければ大型展などは成立しない。人的安全、物的安全、鑑賞の方法など、ウイルスからの防御の必要から注意事項が多くなってくる。

何れにしても、箱物空間での展覧会ではこれまでの動員数をあてにする集客主義、経済主義が成り立たない。展覧会というイベントの経営が根本から揺らいで、すでに多数の展覧会は中止されている。

「コロナ中」で画廊展の場合、オープニング鑑賞をオンライン環境の中で行うようにする。第二段階のオリジナルの実物を直接鑑賞する場合は予約システムを用いた人数制限をすることが加速されように思われる。

観客の密集を回避できる広大な野外の展示の例は大地の芸術祭を筆頭に先行例がある。この例でも話題の作品では密集が起っていた。野外での鑑賞にも「マスク着用」が必要になってくる。

 


3  多くの美術館やギャラリーがクローズし、オンラインのビューイングに切り替えています。実際に見たり体験することが出来ないというかつてない状況の中で、アートの表現においてインターネットや新しいテクノロジーはどのような変化、または進化をもたらすと考えますか。

 

 

インターネット環境において沢山のアーティストが個人サイトやブログを公開している。FacebookInstagramtwitterでオリジナル作品を発表している例は多々ある。Web発注による印刷システムで小作品集の発行も容易にできるようになった。

テレワークと同じようにテレギャラリーとして運営することは可能性を広げる。キューレターはコーディネーターとしての役割を前面に出して作家と観客を結ぶ役割を担う。

Zoomなどテレワーク、オンライン会議や授業ができる双方向型のツールがある。作家のアトリエと観客がWebを通してコミュニケーションする方式も可能である。

自分にとって使い勝手の良いテクノロジーを使っていけば良い。PC、スマホなど使えるテクノロジーを必要に応じて使用して発表していく。

今後、テクノロジーは更にハイブリッド的に開発され続け使いやすくなっていくと楽天的に考えている。

 

GAFAでも個人情報の流出事件があった。運営サイトの巨大メモリーに使用者のデータは順次記録蓄積される。使用者のデータはBigDataの一部となる。その活用は分析次第ということである。

Web上では権力に批判的な表現も検索により簡単に把握されてしまう。そのようにWeb上の表現は監視されているに違いない。だがそれを恐れていては表現の自粛が進むほかない。Web上での犯罪も多い。アドレスに入り込んで受信者を発信者にして恐喝的メールが送られてくることがある。Web上でのプライバシーや著作権は守らなければならない。不正アクセスは防がなければならない。サイトに出入りするための認証システムがより適切に進化することを願う。

 

一旦、美術館やギャラリーから離れて考えてみることで可能性が広がってくる。美術館やギャラリーだけがアートの場所ではない。至る所にアートの場所はある。

郵便制度をつかったメール・アートは、見せたい相手に直接的に作品を送りとどけることができる。宅配便のアートもある。

アトリエや自宅に小さな展示ギャラリーをつくっての小規模な発表。身近な空き地や路地、屋根や屋上でも展示できる。そこから螺旋を描いてインターネット環境にリターンしていけば良い。

 

4 このパンデミックは人間が自然に対して行ってきた報いであるとも言われています。であれば、人間コミュニティの一員としてアーティストはどうあるべきであると考えますか。

 

現在、この一つの地球を浪費している人類。核保有国が我が物顔している新人世紀である。今、世界の国々は米国を筆頭に自国主義傾向の鎖国を強め、短期的な経済主義で地球の資源を奪い合っている。

地球温暖化が進んでいることで異常的気象が頻発している。氷河は消滅を加速している。時々規模の大きな太陽フレアも起こる。人類は未来を楽観することはできない。自然保護と資源活用のバランスはすでに破綻している。原子力発電で排出される放射性物質は処理不能で環境に大きな負荷をかけ続けている。人類にはソーラー発電などの自然エネルギーの活用に希望が残されているだけである。

 

コロナ禍により世界的には数十万の死者、その人的資源の大喪失。どの国にも計算不可能な大打撃、巨額な経済損失が残るはず。発展途上、後進国と呼ばれる国はどうなるのか。

政治権力が健康管理の方法としてコロナの感染データを集め、配布金や休業補償金の支給でマイナンバー制度の日常化を強く進め、それを市民の行動監視や憲法改正へと世論誘導に利用するようなことにならぬよう注意が必要である。

 

三密の克服、脱三密をコンセプトとする新たな発想がすべての分野に求められている。

各論になるとごく小さな風呂敷になるが、アーティストとして針の穴ほどの試みがある。最近は資源の有効活用を目指すエコ的な考え方を重視し主に木材を使って「組み立て解体方式」の作品を追求してきている。インターネット環境と無関係では今後の生活は成り立たない。その使いこなし、デジタル表現の可能性の追求も重視したい。

 

5 他になにかメッセージがあればお願いします。

 

毎日が緊急事態宣言の「コロナ中」である。政府が配布を表明したマスクはまだ届いていない。そんな「コロナ中」の日々にフル稼働で働いている医師、病院組織、医療従事者、食を支える農業、漁業、食品製造業、コンビニやスーパーの従業員、調理師、理容業、運送、郵便従事者、電気ガス水道などのおかげで短期的な生活を営むことに不自由はしてない。これらのインフラを支えてくれている業種の従事者に大感謝を捧げ、その社会的な重要性を再認識し心より大きな拍手を送りたい。

 

コロナ禍で倒産や解雇が多発し深刻な経済状況が長引くと生きる力を失い自殺数が増えると予想される。生命は失われたら戻らない。

コロナ情勢は大混乱、大災害に向かうか、安心安寧に向かうか、予断を許さない。変化する日々のコロナ情報を共有して連帯行動を続け、コロナ終息への展望を描き一応の結びとしたい。(5月3日)

 

 

 

親戚の胡瓜

我が家の胡瓜は4本くらい収穫した段階でうどん粉病で枯れて10日くらい前にダメになってしまいました。今日ワイフの実家へ伺ったら毎年のことですが立派な生き生きとした3mくらい高く伸びた胡瓜の棚が作られていました。ちなみに向こう側はトマトです。これも高く伸びて実をつけていました。義兄の園芸栽培技術の高さは感動=尊敬してしまいます。

f:id:niigata-art226:20200711150650j:plain

お土産に姫タケノコの瓶詰めにたくさんの玉ねぎと紫玉ねぎ、モロッコインゲン、特大の胡瓜を2本いただいてきました。全て自家製ものです。胡瓜の大きい方は40cmくらいの長さでまるで大根のようです。何日かに分けて煮物でいただくことになります。

f:id:niigata-art226:20200711150648j:plain

 

本日の一点。アイスキャンディのバーを使用。雑な彩色の他にどのような要素を加えたかよく見えていませんが結節点の位置を規則的にずらしています。

このタイプのタイトルを今日の朝に閃きがあり、スパイラルホールと仮設しました。横から見るとスパイラルが見えるのですが、この写真ではわかりません。

f:id:niigata-art226:20200711150645j:plain

 同じタイプを作り、スパイラルな感じを撮ってみました。

f:id:niigata-art226:20200711162108j:plain

 

早朝ドライブ

日の出の方向に朝焼けが見えたので早朝ドライブに出かけました。

04:23  子安の交差点にて。尾神岳の方向。

f:id:niigata-art226:20200710074935j:plain

04:49 いつもの虫生岩戸の海岸にて。夏至から20日間経ちました。日の出の位置が右へ移動しています。

f:id:niigata-art226:20200710074946j:plain

 

04:58

f:id:niigata-art226:20200710074956j:plain

10 Bar Tensegrity  

f:id:niigata-art226:20200710075712j:plain

f:id:niigata-art226:20200710075720j:plain

 

Tensegrityの新展開に向けて

家庭菜園で、ミニトマトはそれなりの成果を発揮してくれています。ナスは花が咲いています。これからいくつか実を結んでくれるようです。

その棚のところに緑系のグラデーションで彩色したTensegrityを響き合わせてみました。

f:id:niigata-art226:20200709113413j:plain

 

 

 

さて、熊本県の豪雨の被害は半端ではありません。(死亡は2県で57名と報道されています)大分には5名の行方不明者が出ました。福岡での住宅地での浸水。雨は本州に移動し岐阜の飛騨川が氾濫。崩落した国道41号線はかつて職員旅行で通ったことがあるように記憶しています。岐阜、そして長野では死者が出ていないようで不幸中の幸いでした

 

付け足し

5時半過ぎ、雲の切れ間から久しぶりの日差しが西側の窓から差し込みました。希望の光に見えました。明日以後の天気予報はよくなりません。雨はもうたくさんです。良い天気よ来い!!!

f:id:niigata-art226:20200709181155j:plain

 

返信に感謝

先日のNYオンラインサイトに拙作が取り上げられたことを関係する知人、友人の皆さんのアドレスに順次的にメールしています。
 
本日、ある研究者からいただいた返信の一部を謹んで転載させていただきます。
私のようなマイペースな地方在住作家が返信をいただくのは貴重で、本当にありがたいです。
 
昨日は「The Shinano River Plan」の批評記事をお送りいただき、ありがとうございました。
 
コロナ禍のニューヨークで、作品が新たなコンテクストを生み出しつつあることを実感できる、示唆的な批評でした。
発表当時は個人宛にいわば一方的に郵送された作品が、時代を経て解釈され、インターネット上のイメージとして世界へ同時配信されるようになり、第二の生を歩み始めたことを意識させました。
 
 
今日はまだブログを書いていませんでした。
さて、今日も一点Tensegrityを作りました。大から小への8本タイプで4種類の材料を使っています。

f:id:niigata-art226:20200708201240j:plain

明日は晴れるでしょうか。
ブログを休まないために。
本日はこれにて。
 
 

Tensegrityの新展開に向けて

6月の下旬からTensegrityの新展開に向けて

というタイトルで一日数個のTensegrityのモデルを作ってきました。新たな気づきも含め発想のフェーズが広がり、今年の展開に自信が見えてきました。作例が20個以上になったので気持ちの中で一区切りつけ、少しの間制作を休止したいと思います。

次に始める際ははこれらのモデルを少し大型に構築していくプロセスの確立を図っていこうと思います。

f:id:niigata-art226:20200707085451j:plain

全国的に線状降雨帯が広がり、記録的な大雨、集中豪雨が停滞して降り続き、またうねるように九州から中国。近畿へと移動しています。お天道様に豪雨はやめてくください!と祈ります。大雨特別警戒警報、緊急避難警報の出ている地域の皆さんの無事を祈ります。こちら新潟県上越市にも大雨警報が出されておりこれから80ミリの雨が降るようです。家の中も湿って過ごしにくい感じになっています。外出する気持ちにもなれません。家の中で災害が通り過ぎるのを待つのみです。

 

とりあえず。

 

 

Tensegrityの新展開に向けて

百円ショップで買ってきた色鉛筆セットを使用。小〜大の8Barの制作例。制作費は200円程度です。

f:id:niigata-art226:20200706122808j:plain

Barの色が綺麗でデザイン的です。作品の凄みがないように感じます。角がある方が良いようです。

f:id:niigata-art226:20200706122815j:plain

とりあえず。

 

アトリエにあった角材を用いて 6 Bar 45cm~30cmを作ってみました。丸棒にない力強い構築性がでてくるようです。

f:id:niigata-art226:20200706154544j:plain

 

中心部を覗くと6角形のスパイラル型が見えてきます。周囲を回ると色々な動きある構成美を感じることができます。自作自賛です。

10日くらい前にこのタイプを見つけて、Webで公開されている類型的なTensegrityの作例とは違った方向へ一歩進むことができたと確信する次第です。

f:id:niigata-art226:20200706154554j:plain

 

東京では新型コロナウイルス感染者が5日間連続の100名越え。また九州地方でたくさんの雨が降り続いて、昨日までに熊本県で死者が20名以上出ました。今日も福岡・長崎・佐賀に大雨特別警報が発せられており予想される降雨量が半端ではありません。被害少ないことを願うばかりです。適度な雨量で早く降雨帯が通り過ぎて行って欲しいものです。

(本日7日の新聞報道では、熊本南部死者49名と出ていました。絶句的な衝撃です。決まり文句で恐縮ですが謹んで亡くなられた皆様のご冥福をお祈り申し上げます)

 

追加

8日の報道 熊本豪雨の死者51人に 行方不明11人


 

Tensegrityの新展開に向けて

本日制作のマケット。3 Bar  立体造形(Tensegrity)と 絵画とのハイブリッド(異種のものを組み合わせたもの)

f:id:niigata-art226:20200705102951j:plain

6 Barf:id:niigata-art226:20200705102953j:plain

 

8 Bar✖️2=8本を重ねています。

かなり複雑になるので見た人は仕組みがよくわからなくなると思われます。

f:id:niigata-art226:20200705102959j:plain

f:id:niigata-art226:20200705102958j:plain

今日は雨時々曇り 。熊本の水害のニュースに都市圏の新型コロナ感染の増加傾向。爽やかなニュースが少ないです。

 

付け足しです。

Barを正三角形にしてみました。それなりの面白さが生成されているでしょうか。

f:id:niigata-art226:20200705114809j:plain

 もう一作品作りました。長方形のBar4です。

f:id:niigata-art226:20200705124052j:plain

 本日はこれにて。

花の命はなのいのち

中庭のかぼちゃに花が咲きました。実を結んでくれるかどうかわかりません。観賞用だけになりそうです。

f:id:niigata-art226:20200704074623j:plain

南東の端に植えたかぼちゃ。かぼちゃの花は咲くのですが葉はうどんこ病です。

f:id:niigata-art226:20200704074512j:plain

一個実を結んでくれたようですが、このまま成長してくれるか?です。

f:id:niigata-art226:20200704074516j:plain

6月23日に咲き始めたカサブランカ。合計20輪ほど咲いて楽しませてくれました。最後の一輪です。

f:id:niigata-art226:20200704074517j:plain

 

ツツジです。最後の花が残っています。また来年です。f:id:niigata-art226:20200704074520j:plain

花の命は花の咲くときだけではないということ。当たり前のことを実感。

内容の少ない今日のブログです。

とりあえず。

 

展覧会案内

直江津小学校にある 直江津ふれあい会館で SL中村号 写真展が31日まで開催されています。四季折々、全国各地を走るSLがたくさん展示されています。

中村さんにとってSL撮影はライフワークそのものと強く感じました。

f:id:niigata-art226:20200703083511j:plain

f:id:niigata-art226:20200703083519j:plain

f:id:niigata-art226:20200703083527j:plain

f:id:niigata-art226:20200703083535j:plain

 

f:id:niigata-art226:20200703083441j:plain

この本町ふれあい会館での展示のDMを作らせていただきました。この度は直江津でアンコール的に展示されています。見応えがあります。ぜひご覧ください。


 

Tensegrityの新展開に向けて

Tensegrityの新展開を目指して、最近ハイブリッド的な要素を付け加える発想をするようになりました。マケットで構想を練っています。

大から小へ8種類の長さを組み合わせる。

スパイラルに成長するイメージの形象を図る。(昨日掲載したものを再掲)

f:id:niigata-art226:20200701114052j:plain

横に設置。

f:id:niigata-art226:20200701114046j:plain

 

緑のグラデーションの彩色を加えてみました。少しユニークさが出ましたが、もう一工夫必要に思います。

f:id:niigata-art226:20200702182630j:plain

横位置にしています。

f:id:niigata-art226:20200702135829j:plain

本日起床後にBarを交互に組み合わせることを発想。材料と構成原理は同じですが新しいイメージが出てきたようです。

f:id:niigata-art226:20200702135752j:plain前後左右、四方八方へ広がっていくイメージが出てきました。続いて彩色を8色施してみました。祝祭的なイメージも加わってきたようです。

f:id:niigata-art226:20200702135802j:plain

中央の空洞の高さが200cmくらいにできれば相当の迫力あるものになるようです。大きなBarの長さが600cmくらい必要に思えてきました。

f:id:niigata-art226:20200702140852j:plain

徐々にマケットを大きく作りながら確かな構想を練り上げていきます。

 

 

Tensegrityの展開

久しぶりに小型のTensegrityを作っています。8 Bar です。

8本のバーを大から小へ等差級数的に長さを決め、引っ張りの結節点の位置を同じにしています。意図はスパイラルに成長するイメージを表すこと。

f:id:niigata-art226:20200701114052j:plain

横位置で見ています。

f:id:niigata-art226:20200701114046j:plain

アイスキャンディーのバーを使って作りました。バーの長さは同じにしています。

f:id:niigata-art226:20200701144445j:plain

上の作例と引っ張りの仕方が違います。3本タイプです。引っ張りをかける結節点の位置を変化させています。

f:id:niigata-art226:20200701144523j:plain

7月に入りました。新しい生活様式で前向きに免疫を高めるよう行動していきたいものです。

 

 

谷新さんを悼む

6月2日に谷新さんが亡くなられました。

谷さんが登場した1972年以降の頃、私は右往左往の時期だった。集っていた仲間も冴えた感じではなかったと記憶している。

1980年代に入って、自分の頭で自分ならではのアートを考えることができ、少しものが見えてきた。

そして,Snow Performanceシリーズをものにすることができた。それも5〜6年ほど繰り返していると飽きてしまう。世の中はアートバブルの時代。隣の富山県に新しい美術館ができた。一方。一世を風靡してきた長岡現代美術館は閉館を迎える。

その閉館して貸し会場となった展示スペースを会場に1987年に「新潟現代美術32人展」という展覧会を組織した。続いて新潟に創庫美術館ができる。作家側は新潟現代美術連絡協議会なる組織で「マグニチュード展」を2回開催・参加することになる。

私は1990年の「マグニチュード'90」展の際に、事務局で渉外係のような役割で、当時気鋭な活動をされていた谷さんに連絡をとってカタログにコメント 「いわゆるひとつ」脱却の糸口 を寄せていただいた。

また、長岡に来ていただいて、作品の全体講評をいただいたと記憶している。前山忠さんが大きな鏡を使ったインスタレーションで良い評価のことばをいただいたと記憶している。

 

谷さんは創庫美術館のキューレター的なお仕事をされて何人かの個展を組織され、またグループ”点”展にコメントを寄せておられた。この頃、Snow Performance以後で絵の具を用いた作品を展開していた私はあまり良い作品を作ることができなかった。谷さんからいただいたいくつかの寸評は芳しいものとはならなかった。

そんな経緯を経て、絵の具を用いた作品も少しづつ進化し、日本海美術展で奨励賞を受賞するまでになっていったが、1999年に谷さんから2000年の「見えない境界 変貌するアジアの美術」にSnow Performanceシリーズで招待する連絡をいただいた。びっくりした次第でした。

それからどちらが早かったかは不確かですが、北川フラムさんより2000年の第一回の大地の芸術祭への招待、また富井玲子博士より2001 年のTate ModernでのCentury City展への招待もいただき、3つの国際舞台に3種類の作品で参加する慌ただしい展開となっていきました。

 

谷さんから2000年の「見えない境界 変貌するアジアの美術」のカタログに書いていただいたSnow Performanceについてのコメントは素晴らしいものでした。私の宝物です。

 

f:id:niigata-art226:20200630124137j:plain

 

マグニチュード’90で来られた谷さん。

f:id:niigata-art226:20200630124824j:plain

上は、2000年の「見えない境界 変貌するアジアの美術」オープニングのスナップ。右側は当時の平山知事。

谷さんは宇都宮美術館長をされておられました。その紀要創刊号に <高松次郎の「石と数字」について>を寄せられ直筆の手紙を添えて送っていただいたことは2004年のこと。

その後、谷さんにお会いしたのは松沢宥さんの葬儀、発電所美術館での「河口龍夫展」のオープニング。そして2011年のギャラリー檜での個展に見に来ていただいた時でした。

谷さんの存命中に、冴えた作品を作ってみていただき良い評価の言葉を聞きたかったと思います。本当に残念です。全く言葉は足りませんが、遅まきながら私なりに谷さんを悼む言葉とさせていただきます。谷新さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。